大切なものを取り戻せる場所。 家族と誰かの、夢の入り口
人は誰しも3つの会社を経営しているという。3つとは、自分、家族、社会。それぞれをうまく経営するために自分が果たす役割は何か。常に考え続けることで、生まれる価値やつながる縁、描ける夢があるのだろう。坂井章加さんと話す度、そんな思いが強くなる。
2023年4月、坂井家の敷地内に1棟貸しの宿がオープンした。「人を招いて一緒に食事を囲むのが好き」な坂井夫妻だから、誰かを迎え入れる場としての宿づくりは移住当初からの夢だったという。建物の施工のほとんどを夫の浩二さんが担当。インテリアは章加さ
ん。小中学生の息子たちも一緒に暖炉のタイルを貼るなどし、家族みんながチームとなってつくり上げた大切な場所だ。「自宅も宿もひっくるめて、ここが、私たち家族の生きていく場所。関わる人たちも一緒になって育てていきたい」。章加さんはニッコリ微笑む。
構想から8年。すべてが順調に進んだわけではなかった。社会環境を大きく揺るがしたもののひとつが熊本地震だ。地域を元気づけることが先決と宿づくりを中断し、3年あまりカフェづくりや地域の取材などに奔走した。その過程で、「幸せな暮らしは地域あってこそ」と、気づけたと話す。
家族内の環境も変化した。宿計画を再スタートさせるタイミングで浩二さんが脱サラ。初心者から大工仕事を勉強し、先頭に立って宿づくりを進めてくれた。「こんな素敵な場所をつくってくれたことに、すごく感謝。ぶつかることは増えたけど(笑)」。互いに別の仕事を持っていた頃は、応援しているだけでよかった。それが一緒に仕事をするとなれば、本気で向き合うほどにキレイに収まらないことも出てくる。「より深く関わるようになった、ということだと思う。ぐちゃぐちゃしても向かう先は同じ。『じゃあどうする?』って前に進んでいるうちに、なんとなくいい塩梅に落ち着いている…かな」。
宿のコンセプトは「家族の時間」。3世代で泊まって、言葉を交わし、手仕事をし、子どもたちを見守る。薪風呂を沸かしたり、畑仕事を体験したりすることもできる。非日常を味わうというより、坂井家のふだんの暮らしの延長線上にあるものを、ゲストと分かち合うようなスタイルだ。そうして「本当に大切なものを取り戻してほしい」と章加さんは言う。それは家族と過ごす時間であり、自然の営みに思いを馳せることであり、小さなコミュニティの温もりに気づくこと。あるいは、自分自身の本音に素直に耳を傾けること。
宿をつくる。それは坂井家の長年の夢だった。今度は宿が、夢の入り口。「ここが誰かにとっての居場所、ふるさとのような場所になったらいいな」。それが、チーム坂井家の次なる夢。さらに、ここに集う人たちの夢が加わることで、可能性は無限に広がっていく。ひとりでは描けなかった夢も、誰かと関わることで「できるかも」に変わっていったなら。宿「青い空と白い龍」は、多くの気づきときっかけをくれる場所となるに違いない。